愛媛県松山市の「道後温泉本館」に行きました。
夏目漱石の小説の舞台となった事から「坊っちゃん湯」とも呼ばれています。

現役の公衆浴場でありながら重要文化財。
2019年から続いていた保存修理工事は、2024年12月に完了しました。
三千年といわれる道後の湯
道後温泉は三千年の歴史があるといわれ、有馬温泉・白浜温泉と並んで日本三古湯に数えられます。
開湯の伝承はいくつかあって、有名なのは大国主命と少彦名命の話。
旅の途中で少彦名命が病に倒れ、大国主命がこの湯に浸したところ元気を取り戻し、傍らの石の上で踊りだしたと伝わります。
その石は玉の石として、いまも本館の北側に置かれているそうです。
傷ついた白鷺が湯で癒えたのを見て人が入るようになった、という伝承もあります。
596年には聖徳太子が来湯し、湯と景色を讃えた碑を建てたのだとか。
日本書紀や源氏物語にも道後の湯は顔を出すそうで、記録に残る古さでは日本でも指折りです。
明治27年に建った木造三階建て
いま建っている本館の中心は、明治27年(1894年)に竣工した神の湯本館棟です。
棟梁は坂本又八郎。
木造三階建てで、入母屋造の大屋根に宝形造の塔屋を載せた、なんとも複雑な構えをしています。
明治32年(1899年)には又新殿と霊の湯棟が建て増され、正面に御成門が付きました。
又新殿は日本で唯一の皇室専用浴室だそうです。
庵治石の浴槽に控え室まで備え、これまでに十人の皇族が湯に入ったとのこと。
昭和25年(1950年)の戦後巡幸では、昭和天皇がここに浸かっています。
平成6年(1994年)には、神の湯本館・又新殿霊の湯棟・南棟・玄関棟の4棟が国の重要文化財に指定されました。
現役の公衆浴場が重要文化財という例は、そう多くありません。
漱石と子規が入った湯
夏目漱石は明治28年(1895年)に松山中学の英語教師として赴任し、この湯に通いました。
『坊っちゃん』では「住田の温泉」として書かれ、温泉だけは立派だと褒めています。
湯船で泳いで叱られる場面がありますが、あれは本人がやったのではという説もあるそうです。
三階の霊の湯個室のいちばん奥には「坊っちゃんの間」があります。
明治28年10月に漱石が正岡子規と一緒に使った部屋といわれ、昭和41年(1966年)に松岡譲が名付けたのだとか。
子規は松山の生まれで、二人はこの土地で交わりを深めています。
文学史の名前が並んで湯に浸かっていたわけで、なかなか贅沢な建物です。
泉質と、4種類の料金体系
泉質はアルカリ性単純泉で、無加温・無加水・源泉かけ流し。
温泉好きにはうれしいステータスです。



4種類もの料金体系が独特で初見はちょっと戸惑います。
1時間の入浴時間制限もあり、温泉好きとしてはちょっと落胆。
熱くて長湯は無理だった
ちょっと時間短いなと思いつつ実際に入浴すると、温泉の湯温がかなり高く長湯は無理でした。
湯温の高さ+温泉成分+季節柄で入浴後は汗だくに。
さらに浴後の座敷での休憩に熱々の緑茶が供され、滝汗です。
湯上がりに汗だくになっても流石は温泉で、汗がひけば肌はサラサラになりまいした。
立派で複雑な構造の建物+温泉。
日本文化としての温泉の一端を味わう体験ができ、満足度の高い温泉です。
ただし、複雑な料金体系や整理券配布などのシステムは文化体験施設としては納得するものの温泉入浴施設としてはイマイチなので、単純にカジュアルに温泉を楽しみたい人は別に行くほうが良いともおもいました。
翌朝には、道後温泉のもうひとつの外湯である椿の湯にも行ってきました。
そちらは別の記事に書いています。


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